株式会社亀の子束子西尾商店

2013-02-07

平日の午前8時。通勤ラッシュをよそに、穏やかで、そこはかとなく懐かしい香り漂う風情たっぷりの都電にガタンゴトンと揺られ、取材先へと向かった。

今回取材させて頂いたのは、株式会社亀の子束子西尾商店。

おばぁちゃんの原宿と言われる巣鴨地蔵通りからも程近い場所に本社がある。

三角屋根が可愛らしい洋館建築で、趣深くレトロな雰囲気の建物。

その重厚感からも、伝統の技を守り続けている社風というか、会社の「意思」のようなものを感じ取ることが出来る。

        

1907年に創業した亀の子束子西尾商店は、今年で106周年を数える。

お話をお伺いしたのは、五代目の西尾智浩社長。

     

束子の老舗である亀の子束子は、私自身、幼い頃から馴染みがある。

我が家では、キッチンに定番の丸い束子と鉄鍋洗浄用にささらが常備され、お風呂場の掃除用と、運動靴や上履き洗濯も亀の子束子を使用。

さらに、母は亀の子束子でカラダ()もゴシゴシと洗っていたっけ。

     

母と離れて暮らすようになってからも、自然と我が家のキッチンには亀の子束子が鎮座している。根菜類を洗うのに利用しているのだ。

台所用具はまさしく日進月歩だが、丈夫で綺麗に汚れのみを取り払ってくれる亀の子束子は本当に重宝だ。

      

どの家庭にも必ず存在するであろう亀の子束子だが、西尾智浩社長曰く「最近は亀の子束子の使い方を知らない世代が多くなって困っている」のだそうだ。

これまでは、親が使用する姿を見てその使い方を覚え、また次の世代へと引き継がれてきたものだが、核家族化の影響により、亀の子束子の使い方が継承されなくなってしまっているのだという。

    

この番組でのお約束の質問「御社にとっての最大のピンチは?」との問いには、「今がまさにピンチです」とおっしゃる西尾社長。

その今を乗り越えるために、「丁寧な商品作りを守りつつ、若い世代にも手に取ってもらえる工夫をしている」のだそうだ。

その一つは、学校をまわって、子供達に束子の使用法を教えたり、子供達の社会見学を受け入れること。

そして、実演販売を積極的に行う。

さらに、若い子の目を惹くようなデザインを取り入れる。

店内にはピンクのライン模様が入った亀の子束子のミニ盤キーホルダーなども販売されていた。これが、カワいい~!!!

     

亀の子束子を発明したのは初代社長、西尾正左衛門さん。

実にアイデアマンだったそうだ。

最初は、初代のお母様が編んでいたシュロ(ヤシ科の植物)を利用して、靴拭きマットを製造。

靴拭きマットは、それまであった縄を編んだだけのものとは異なり、泥を削り取ってくれるということで瞬く間に評判になった。

しかし、足で踏まれることで体重がかかり、マットが潰れてしまい、返品が後を絶たない。

ある日、初代の奥様が障子の桟から和紙を剥がすための道具としてマット用のシュロを丸めて使用しているのを見かけ、新たな洗浄用具が閃いた。

それが、そう、亀の子束子誕生のきっかけである。

女性の手に丁度良くおさまる楕円形のカタチになったのも、納得だ。

ネーミングは、束子が水に浮いている姿が亀に似ているところから決まった。

     

亀の子束子の原料は、厳選したシュロかパーム(ココナッツヤシ)の繊維だ。

束子作りの工程には、今でも職人の手作業が必要だ。

この作り方は、創業時から変わるコトがないというから驚きだ。

まさに、日本のモノづくりの奥深さだなぁ。

     

お話をお伺いした五代目の西尾智浩社長は、実は音楽業界の出身。

ギターと音楽をこよなく愛し、ロックミュージシャンとして活動後、亀の子束子西尾商店に入社されたそうだ。

とても温厚な雰囲気をお持ちの方だが、100年以上続く老舗のこれからについて語られる際の表情はとてもキリッとされていた。

「会社が進むべき方向性に迷ったらどうしますか」?

との問いには「初代の正左衛門だったらどうするだろうかと思いを巡らせ、考える」そうだ。

   

アイデアマンだった初代のDNAをしっかりと受け継ぎながらも、新しい風が吹き込まれそうな期待感が高まる。

   

100年企業の取材を通して毎回感じること。

それは、永遠に変わらないものと、時代とともに変化するものとの、絶妙なバランス感覚の重要性だ。

亀の子束子が、束子のトップブランドの地位を100年以上守り続けている秘訣の一端もそこにあるような気がした。

   

亀の子束子